サーカス・シルクールの新作


◆2005年に『99% unknown』という作品で招聘した、スウェーデンのコンテンポラリー・サーカス・カンパニー CIRKUS CIRKÖR(サーカス・シルクール)の新作『underart』と『limits』を観にベルリンとストックホルムまで行ってきました。ヨーロッパの今を映し出す難民問題を扱った作品『limits』は、2014年に観に行った『Knitting Peace』の次の作品になります。


2005年に『99% unknown』という作品で招聘した、スウェーデンのCIRKUS CIRKÖR(サーカス・シルクール)の新作『limits』を観にストックホルムまで行ってきました。2014年に観に行った『Knitting Peace』の次の作品になります。
その時の報告はこちら。

サーカス・シルクールの作品は、創立者でもあるTilde Bjorforsが作・演出をしていますが、この他にも、Olle Strandbers演出の作品もあり、ちょうど『underart』という作品が、ベルリンのカメレオンシアターで公演していて、サーカス・シルクールの制作担当者もベルリンにいるということなので、ベルリンとストックホルムに、1月31日~2月6日の旅程で行ってきました。
今年のヨーロッパの冬は、いつにも増して寒波がひどいということでしたので、防寒対策はしていきましたが、連日零下の気温と、時折降るみぞれや雪で、相当寒く、予定通り風邪をひきました。
カメレオンシアター(The CHAMÄLEON Theater Berlin)は、ベルリン・ミッテ地区の、ハッケシャー・ホーフ(Hackesche Hofe)という、かつては職人さんたちの工場や住居として使われていた建物だそうですが、東西ドイツ統一後に修復されてからは、ショップやギャラリー、雑貨屋、映画館などが入り始め、今ではベルリンきっての観光スポットになっている建物に入っています。

The CHAMA¨LEON Theater Berlin外観

カメレオンは、「ヴァリエテ」と呼ばれる、ダンスやマジック、アクロバット、ジャグリングなど、様々な要素が一体になったショーを上演しており、1920年代、文化の黄金時代だったベルリンでは160ものヴァリエテの劇場があったそうです。東西の分断で一度は衰退するものの、統一を機に復活し、ドイツの文化のひとつとして、現在でも根強い人気を誇っています。なかでもカメレオンは、コンテンポラリーサーカスに力を入れており、多くの作品を上演しています。

The CHAMA¨LEON Theater Berlin客席

ヴァリエテでは、食事や飲み物を飲みながら、舞台を楽しむことができます。20時開演でしたので、私は10分前ぐらいに行きましたが(ひとりだし)、殆どの人は、早めに劇場に入り、食べたり飲んだりを上演前にしていたようです。

The CHAMA¨LEON Theater Berlin『underart』

『underart』は、演出家のOlle Strandbersが、21才のときの舞台での事故のことをイメージとして表現した作品です。というのは、後でプログラムを読んで分かったのですが、その背景が分からずとも、楽しめる作品でした。
ダンサー1名、サーカス・アーティスト4名、ミュージシャン2名で構成されていますが、サーカス・アーティストも歌ったり、楽器演奏をしますし、ミュージシャンもかなり動きます。ダンサーもアクロバットをしたり、楽器演奏やコーラスに加わったりします。つまり出演者全員がなんでもでき、ほぼでずっぱりです。カメレオンの舞台は、とても小さく、動けるスペースが少ないのではと思いましたが、舞台道具を駆使し、小さいスペースをうまく活用していました。
印象的だったのが、最後のシーン。水が入った金魚鉢が5つ出てきて、ミュージシャンを除く全員が、金魚鉢に頭を入れた状態で数分逆立ちをします。不合理で、でもどこかユーモラスでもあり、私たちが生きている小さな世界を表しているかのように思えました。
サーカス・シルクールの音楽(オリジナル)は、どの作品も素晴らしいのですが、『underart』の音楽も素晴らしく、休憩時間にCDを買いに走りました。

『underart』

ベルリンは、ずっと行きたかったところなので、零下の中でも、散策するのはとても楽しく感じられました。ハッケシャーホーフ、サブカルチャー発信の場所とも言われるハウス・シュヴァルツェンベルク、お約束のベルリン大聖堂とブランデンブルク門、イーストサイド・ギャラリーを散策し、2日目はポツダムまで足を伸ばし(川が凍っていました!)、そして私の観光メインイベントの、コンディトライ・ラビーンという、4代続く老舗でバウムクーヘンが有名なお店に、電車で40分かけて行き、お茶を飲みながら、美味しいバウムクーヘンをいただきました。

haus schwarzenberg

eastside gallery

2/3にベルリンからストックホルムへ。16時ぐらいにホテルにチェックインをし、ずっと時差ぼけのため2~3時間しか眠れていないので、仮眠をとろうとするも眠れず、スーパー散策へ。ストックホルムは、ベルリンよりも底冷えがする感じでしたが、観光客はかなりたくさん見受けられ、スーパーにもたくさんの観光客と思しき人たちが買い物をしていました。
サーカス・シルクールの新作は、いつもDansens Husという劇場が初演です。750席の横長で、間に通路がない不思議な客席ですが、最後列からでもとても見やすい劇場です。

Dansens Hus

新作『limits』は、クリスマスを除いて完売という盛況ぶり。サーカス・シルクールのスウェーデンでの人気は、非常に高いですが、今回は新作のテーマにも、その盛況ぶりの理由があったように思います。

『limits』は、移民/難民というテーマを扱い、彼らが、閉じられてしまったヨーロッパの国境を越えるために、海や壁を越えていくイメージが、ところどころに感じられます。客入れの時間には、舞台奥のプロジェクターに、カモメが海(川?)を飛んでいるシーンが流れています。自由に飛んでいる鳥たちには、国境などどこにもありません。アメリカのトランプ大統領は、メキシコとの国境に建設しようとしている壁について、「国境がない国は、国とは言えない」と言っていましたが、『limits』は、境界線をもって人々を拒む理由などないと言っているように、私には感じられました。境界は、国境だけでなく、自分の利益や生活を守るために、他者を排除する、弱者を排除するという比喩のようにも思えます。

『limits』ポスター

作品の終盤、氏名が書かれた長いリストが映し出されます。国境を越えようとするときに、事故や病気などで亡くなった移民/難民の名前です。その映像の前で、ティッターボードが繰り広げられられるのですが、限界まで飛び続ける演技は、胸に迫るものがあり、移民/難民問題は世界規模の緊急の問題だと、考えざるを得ませんでした。
舞台で使用するものと同じ部屋が、ロビーに展示されていました。

そして日本の状況はと検索してみると、平成27年度の難民認定申請者数は、7,586人。前年に比べ、2,586人増加し、過去最多ということです。この内、難民認定者数は27人(!)で、それでも前年より16人の増加。その他に、人道上の配慮を理由に在留を認められた人が79人。合計106人の人たちが在留を認められたということになります。日本という小さな島国は、移民の流入を抑えているわけですが、様々な理由があるとはいえ、離れがたいであろう母国を捨て、他国に助けを求めざるを得ない人たちの中の、たったの106人しか受け入れられないという厳しい現実に、胸が塞がれる思いです。
『limits』の出演者は、サーカス・アーティスト5名と、ミュージシャン1名ですが、『underart』同様、サーカス・アーティストも歌を歌ったり(これがうまい!)、楽器演奏をしたり、ミュージシャンも傾斜のある板を登ったりと、全員がなんでもやります。個々のアクトもかなり技術的に高いものがあり、シル・ホイール、コントーション、固定の空中ブランコ、ジャグリング、ティッターボード、トランポリンと、どれも素晴らしく、しかもそれぞれが、常にテーマから離れずにいるため、サーカス芸を通しての表現する力に圧倒される思いでした。そしてまた、CDを買いに走りました。『limits』は、時差ぼけの眠気がすっ飛ぶほど、衝撃的な体験でした。
最後に、演出家のTilde Björforsが、チラシに書いている文章を掲載します。

<親愛なる観客の皆様>
2015年の秋、私は多くの人々同様に、スウェーデンに移住しようとしている人たちを、人道的な精神をもって歓迎しようとしていました。仮設住宅にも関わりましたし、私の家もオープンにしていました。何百人という人たちが、国境を越えました。そこには、偶然が引き起こした新たな物語と悲劇がありました。
人間には、リスクを超えようとする、素晴らしい能力があります。しかし、自由な自身の意志でリスクを引き受けているサーカス・パフォーマーと、自身の命をかけて逃げなければならない人たちが抱えるリスクには、大きな違いがあります。避難を余儀なくされた人もいるでしょう。とはいえ、リスクをどうにかしなければいけないということでは同じだと言えると思います。
避難しなければならない人たちは、恐怖というものがどういうことか分かっているだけに、とても勇敢だと言えるでしょう。彼らは知らない世界への冒険へと乗り出すことができるのは、信念だけであるということを知っているのです。
私たちのサーカスは、20年に渡り、“境界”を崩してみるということに、力を注いできただけに、ヨーロッパの国境近くや、国境を越えた後の出来事を見るのは、とてもショッキングなことでした。“サーカス”という言葉は、しばしば侮蔑の意味を込めて使われることもありますが、私はそれはまったく逆で、世界はもっとサーカスを学ばなければならないと思っています。
誰もリスクを負わない世界を想像してみてください。時には、少し考える余裕も必要ですが、私たちが現在直面している問題に挑戦するには、私たちは、自身を猛特訓すべき時にきているのです。
私たちが思う以上に、私たちの“境界”は柔軟です。私たちのハートと頭脳は、生来成長できる能力があるのです。

Tilde Björfors(CIRKUS CIRKÖR演出家)

この記事を書いた人

大野洋子

㈱アフタークラウディカンパニー勤務。サーカスプロモーター。ヨーロッパ、アメリカ、南米、アフリカなど様々なサーカスや、他のパフォーミング・アーツのアーティストらを招聘している。海外の人にはよくオノ・ヨーコと勘違いされている。動物好き。