メルボルン・インターナショナル・コメディ・フェスティバルは、1987
年から毎年オーストラリアのメルボルン市街地で開催されており、エジンバラのフリンジ・フェスティバル、
モントリオールのジャスト・フォー・ラーフとともに、世界三大コメディ・フェスティバルのひとつとされています。
以前から興味はあったのですが、なかなか訪れる機会がなく、今回はこのフェスティバルに参加する、加納真実さんのお手伝いで、3月31 日〜4月10 日の旅程で行ってきました。昨年のこのフェスティバルには、シルヴプレのおふたりも、出演されています。
メルボルンはオーストラリアの南に位置する、ビクトリア州の州都です。日本とは季節が逆で、今回訪れた季節は秋。メルボルンの気候は、1日に四季があると言われるほど、1日の気温差が激しく、日中23度ぐらいでも、朝や夜は3度ぐらいになったり、突然雨が降り出したり、突風が吹いたりと、体温調整が難しい気候です。そのせいか、現地の人たちの服装はいろいろで、冬物のコートを着ている人もいれば、ランニングシャツの人もいます。
メルボルン・インターナショナル・コメディ・フェスティバルは、屋外で無料で観られるショーと、チケットを購入して観る屋内のショーとがあります。加納真実さんは、シティ・スクエアとフェデレーション・スクエアという広場に設置された屋外ステージでのショーです。遠くからも見えるようにという配慮なんだと思いますが、ステージ高が結構あったので、観客を巻き込んでいくタイプのパフォーマンスをする加納さんは、初日はだいぶ苦戦していましたが、2日目からは逆にそれをうまく利用していたのは、さすがでした。パントマイムですので、しゃべらないのですが、その代わりに、時々言葉を書いた画用紙を観客に見せたりします。この言葉を、英語にするにあたっては、現地の方々に聞いて何度か変えましたが、日本的な感覚を伝えるのは難しく、加納さんの狙いとは少しずれたところもあったかと思いますが、それはそれで、日本の観客との反応の違いが、むしろ私には興味深く感じられました。どちらの広場も、いつもたくさんのお客さんが集まってくれ、このフェスティバルの人気のほどが伺えました。
雨天の場合は、どこか屋内で実施するという話で、どこでやるのか、お客さんはいるのかと少し不安でしたが、ショーの直前に雨がポツポツ降り始めたときは、スタッフがど
こそこに場所を移して行うので、一緒に移動しましょう!と観客に声をかけると、殆どが加納さんの後に続き、そっくりそのまま、すぐ隣にあるタウンホールという、小さな劇場がたくさん入っている建物の一室に移動してくれました。この劇場のサイズがちょうどよく、屋外よりも観客の集中度が高く、とても盛り上がったよいショーになりました。
驚いたのは、スタッフが全員素晴らしい仕事をしていたことです。歴史が長いだけあり、組織もきちんとしており、事前のやりとりもスムーズでしたし、現地の舞台スタッフも、一度言ったことは忘れませんし、お願いしていたことはちゃんとやっておいてくれるし、時間も正確だし、今回はそういった意味でのストレスが、まったくありませんでした。
私は一足先に帰国したので、残念ながら観ることができませんでしたが、加納さんの最終日の4月12 日は、HI-FI というナイトクラブで、「フェスティバル・ナイト」というものがあり、これはフェスティバル参加者数組が行うショーですが、加納さんはこのショーで、大トリをつとめました。一組10 分なので、何をやるかぎりぎりまで迷っていたようですが、“仮面舞踏会”という、次々に観客にお面をつけて(今回は歌舞伎のお面が好評でした)、最後は大人数で大円団で終わるものにしたそうです。出番は11:00PMぐらいの予定が、押しに押して、0:00AM 過ぎになってしまったそうですが、会場は大いに沸き、大変な盛り上がりようだったと聞きました。アソシエイト・ディレクターのブリジット・バンティックさんからは、「KANO のHI-FI でのショーは大成功だった!一般の観客だけでなく、ショーを見に来たコメディアンたちからも絶賛の嵐で、間違いなくこのフェスティバルの長い歴史の中でも、ベストのひとつだと皆が言っていた。」という言葉をいただきました。試行錯誤しながらの海外公演が、こういったよい形で締めくくることができたのは、本当によかったと思います。
写真:Trygve
Wakenshaw
屋外のショーは、場所もよいところですし、無料ということもあるかと思いますが、常にお客さんがいます。屋内のショーは、ものすごい数のショーがあるので、劇評がでているものや、前評判が高いもの以外のショーは、毎日出演者がチラシを配ったりなどして、集客に苦労しているようでした。ゲスト以外は、参加費を支払っての公演なので、入場料の売り上げが、懐に直接響いてきますので、必死です。そういった状況は、どこのフェスティバルでも同じと思いますが、このフェスティバルでは、チラシ撒きをする人たちが、どの人もとても丁寧で、どういう内容のショーかをひとりひとりに説明しながら、チラシを渡している姿がとても好感がもてました。
今回のフェスティバルで観た、室内のショーについて少し触れたいと思います。
Head
First
Acrobats(写真:Melbourne International Comedy Festival 2015のサイトより)
オーストラリア出身の男性3人による、アクロバットをベースにした作品。医療実験室で、飲むとなんでもできるようになる万能薬の研究をしているという設定で、ドタバタ・コメディにハンドアクロバット、梯子アクロバット、シルホイールなどをうまく使っていたと思います。ただ、やりたいことをたくさん詰め込み過ぎている感が否めず、途中ちょっとボンヤリしてしまいましたが、爽やかな好感のもてる青年3人を、観客は応援しているようなよい雰囲気でした。会場は、メルボルンの中心地から、トラムに乗って、港近くの複合施設の中に建てられたシュピーゲルテント。初めてのトラム。しかも有料区間まで(中心地は無料)ということもあり、迷いに迷って、30 分ぐらいの距離のところ、1時間以上かかってたどりつきました。終演後、テントをでたところで、「マミ!」と叫ぶ声が聞こえ、見てみると、黒人男性が、加納さんの“仮面舞踏会”の踊りを、そっくりに、しかも正確に踊ってみせてくれました。「とっても、よかったよ!」と言ってくれ、とても気持ちがあたたかくなりました。
Puddles Pity
Party(写真:Melbourne International Comedy Festival 2015のサイトより)
今回の大ホームラン的なショーですが、身体表現ではなく、歌がメインです。まさにゴールデンボイス。白塗りのクラウンの格好で、2mぐらいありそうな大きな男性が、バースデーソングで観客と絡みながら、メランコリックな歌を歌います。歌がメインとはいえ、一切しゃべりません。動きや演技、間の取り方は絶品で、例えば、観客を舞台にあげ、横に立たせ、ちょっと待ってという仕草とともに、口の中のガムをだそうとするのですが、まだ噛みたい、でも、待たせちゃ悪い、いやもうちょっと噛みたいかな、というただこれだけのことが、とても面白く、2 回も観に行ってしまいました。後で説明を読むと、アメリカ、アトランタ出身。Lorde というニュージーランドのシンガーソングライター”Royals”という曲のカバーが、Youtube で1000 万回を超える再生回数を記録し、エジンバラや、モントリオールのフェスティバルでも、大人気だったそうです。
Ongals(写真:Melbourne International Comedy Festival 2015のサイトより)
韓国出身の男性4名によるコメディ。Bubbling
Comedy
という説明の通り、意味のない赤ちゃん言葉でわめきながら、おもちゃ箱から、様々な物をだし、その物を使ってマジックやジャグリングなどもいれつつ、コメディが展開していきます。とてもテンポがよく、それぞれのキャラクターもはっきりしており、楽しいショーでした。後半は、ヒューマン・ビート・ボックスをメンバーのひとりが行い、これがまたうまかったのですが、この音をうまくいれて、こどもたちが大好きな、オナラの音なんかもいれつつ、とても盛り上がっていました。会場は、中心地にあるアートセンターの敷地内に建てられたシュピーゲルテント。先の“Head First
Acrobats”は、円形ステージをうまく活用していましたが、Ongals
はステージを組んでいました。昨年は屋外で参加し、今年は屋内での参加だそうです。ご本人たちに聞いたところ、2011 年に日本公演を行う予定だったそうですが、3月11日の震災でキャンセルになり、それっきりになってしまったということでした。メンバーのひとりは日本が大好きで、時々ひとりで旅行に来ているそうです。このフェスティバルが終わったら、お母さんを有馬温泉に連れていくんだと言っていました。年齢も国籍も選ばないショーなので、近いうちに日本でも観ることができるかもしれません。
Trash Test
Dummies(写真:Melbourne International Comedy Festival 2015のサイトより)
オーストラリア出身の3名の男性による、ゴミ箱を使ったアクロバットコメディ。とてもシンプルで、スピード感もあり、楽しいショーでした。こども向けのショーというくくりだったせいか、最後は散乱したカラーボール等を、こどもたちに拾わせ、「ちゃんとゴミはゴミ箱にいれようね、たくさん入れた人が勝ちだよ」と言うと、こどもたちは、喜々として片付けていました。とはいえ、おとなも十分に楽
しめる内容だったと思います。
笑福亭笑子(写真:Melbourne International Comedy Festival 2015のサイトより)
メルボルン在住の、上方落語家で、腹話術師。シンガポールでラジオのパーソナリティーとして活動していた頃、取材で訪れた落語会で見た、笑福亭鶴笑氏のパペット落語に感動し弟子入りしたという変わり種。ご主人がメルボルン出身ということもあり、現在はメルボルンに在住し、パペット落語や、英語落語、腹話術を使った落語に取り組んでいます。今回メルボルンで会った、寄席囃子の恩田えりさんがショーのお手伝いをしていた縁もあって、こどもむけのパペット落語を観にいきました。舞台には高座と見台があり、笑子さんも着物。落語という日本の文化を説明しながら、忍者ケンというパペットを使い、腹話術で物語が進行していきます。自作のスシスキ・ソングもとても愉快で、こどもたちには、大受けでした。とてもわかりやすい英語でしたので、日本でこのままやっても、うけるのではと思いました。13 日からは、おとな向けの英語落語をやるということでしたが、残念ながらこれは観ることができませんでした。
Jessica Arpin(写真:Melbourne International Comedy Festival 2015のサイトより)
屋外で行われたショーですが、スイス出身の女性が自転車芸で見せるショーで、自分の結婚相手を見つけ、結婚式にはイタリアやスペイン、フランスなどから、親戚がやってきて、てんやわんやというストーリーで、語学に堪能なジェシカは、様々な言語を駆使し、エネルギー全開のショーでした。小柄でとてもかわいらしい、みんなの妹のような女性で、とても人気を集めていました。ショーの盛り上げ方もうまく、自転車の技量も高いものでした。日本語も少しでき、驚いて聞いたところ、鹿児島で行われた自転車の大会に行ったことがあり、日本が好きで、弟も日本語を勉強しているからということでした。彼女も、日本に来る日はそう遠くないかもしれません。
Trygve
Wakenshaw(写真:Melbourne International Comedy Festival 2015のサイトより)
見逃して悔しい思いをしたのが、ニュージーランドの、Trygve
Wakenshaw という人。
どう読むのか、いまだ分かりませんが、サイレントコメディで、動きが素晴らしく、本当におもしろいと、誰もが絶賛していました。スタンダップコメディ(西洋漫談)が8割近くを占める中、私にとって観なくてはならないもののひとつだったのですが、日程があわず、とうとう観ることができませんでした。どこかで観る機会があることを、祈るのみです。
今回は、思わぬ人との再会もありました。カンボジアで出会った、フラフープのカナダ人女性ベッキー。彼女はこどもむけのプログラムで参加していましたが、ご主人がシルク・ドゥ・ソレイユの“TOTEM”でクラウンをしており、メルボルン公演を行っているところでした。加納さんとは、静岡の大道芸ワールドカップで会っていることもあり、いろいろと気にかけてアドバイスをしてくれました。“TOTEM”は、2016 年2 月から日本に来るそうなので、また東京で会えることでしょう。そして、お互いに2日間ほど気付かなかったのですが、20 年ほど前に日本に招聘したオーストラリアのクラウン、アシャー。この世界は本当に狭いです。アシャーは今回は奥さんと“Peter& Bambi
Heaven”という名前ででていたせいもあり、気がつくのに少し時間がかかりました。お互いに年もとってるし…このアシャーは、フェデレーション・スクエアでのショーではMC で、転換部分に登場。そのひとつに、レスラーが着るような衣装で登場するシーンがあり、彼が後ろを向くと、お尻の部分が丸く切られていて..というジョークなのですが、驚くことに、これに対してクレームが殺到したとのことでした。オーストラリア人、案外保守的なところもあるようです。
メルボルンはとにかく人が親切です。道に迷えば、むこうから「どこに行きたいの?」と、よく声をかけてくれますし、自分が知らないところでも、他の人に聞いてくれたり、親身になってくれます。それもこれも、多様な国籍の人が住み、多様な文化が混在しているからなのでしょう。とはいえ、それを好ましく思わない人もいるというのが、ある日の抗議行動でわかったのですが、それは、反イスラム・反移民政策の人たちのデモを、それに反対する人たちが取り囲み、警察も多数動員された、一触即発な雰囲気の抗議行動でした。昼前から始まり、夜まで続いたようです。私が帰国した翌日には、アボリジニのコミュニティ閉鎖への抗議行動が、かなり大規模に行われたようです。おおらかに見えるオーストラリアの人たちも、ちょっと話をふると、現政権への不満を訴える人が多く、日本はどうなのとふられると、こちらも日本の不満をぶちまけ、いずこも同じねと、ため息をついたりもしたのでした。
番外編は、寄席囃子の恩田えりさんに連れて行っていただいた、「THE
ASTOR
THEATER」という1936 年開館の古い映画館。恩田さんは、この映画館が大好きで、ここにくるためだけに(!)、時々メルボルンを訪れているのだとか。今回は、この映画館が閉館という話を聞きつけ、その最終日に立ち会うために、いらしたのでした。連れて行っていただいた日の映画は『グリース』。私の青春の映画です。映画と同じ服装をしてくると割引というサービスがあり、館内はグリース族がたくさん!そして映画は、歌の歌詞が画面にでる、みんなで歌って踊ってバージョンでしたので、懐かしのグリースの曲を歌い、会場一丸となって、盛り上がりました。
何かと縁のあるオーストラリア。
次回はいつ行けるのか、楽しみです。